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 葵の目が闇に慣れるよりも早く、ナイトテーブルに明かりが灯る。
暗いオレンジ色の光は、色よりもむしろそれが浮かびあがらせた形で葵を驚かせた。
茸を象ったランプの形に、葵は見覚えがある。
作者は十九世紀の芸術家、エミール・ガレといったはずだ。
本物を見たことはなく、手を伸ばせば触れる位置にあるこのランプがそうなのかは判らない。
しかし、美術館にしか置いていないようなものが、
実用品として無造作に使われている事実に、葵は声を失った。
「残念だけれど、ガレ本人の作品ではないのよ」
「そう……なんですか」
 落胆したと思われないよう、注意深く葵は答えた。
「ガレ本人の作品は、世界中でも多くは残っていないわ。
今ガレの作とされているのは、彼の工房で作られたものがほとんどなのよ」
 しかも彼の弟子がルーマニアで立ち上げた工房で作られたものにも、
ガレが名乗られているのだという。
つまり、ガレの名はブランドとして商売に用いられているというわけだ。
「でも、とても綺麗です」
「フフ、ありがとう。これは確かにガレではないけれど、
彼が生きていた時代に彼の工房で作られたものなのよ」
 先の話でいえば、これもガレと名乗って差し支えないはずで、
にもかかわらず、正直に全てを明かしたマリアに、葵は尊敬の念を抱いた。
「少し高かったけれど、本当に美しい物はどうしても手元に置きたくなってしまうの」
 闇からの囁きを聞きながら、葵はランプに魅入っていた。
ほのかに周囲を照らすオレンジ色は、暖色でありながら周囲の黒に馴染んでいる。
葵にはこの灯りが、闇を照らすためではなく、より引き立たせているように思えた。
 マリアが葵の隣に腰掛ける。
ランプの側ではなく、灯りが届かない部屋の中央の側に。
風呂を出たばかりなのに、ほのかに感じたのは熱気ではなく、冷気であることに、葵は疑問を抱いた。
しかしそれは全く短い時間のことで、先ほどの睦み事を思いだした心臓が、せわしなく鳴りはじめる。
マリアの方を向くかどうか、葵が迷っていると、闇から伸びてきた手に顎を摘まれた。
「それは、美里サン……アナタもよ」
「あ……」
 熱い。心が。
 冷たい。唇が。
二つの熱は頭の中で攪拌されて、葵を何も考えられなくしてしまう。
ついさっきの、まだ完全に消え去ってはいない快感が、オレンジ色の炎となって腹の奥で灯った。
口を割って入ってくる舌が運んでくる冷気に、いっときは冷やされても、炎が消えることはなく、
相反した温度は、理性を削り、欲望を煽った。
「美里サン」
 下唇を触れさせたまま、マリアが囁く。
「なん……ですか……?」
「アナタには、知って欲しいの……闇の心地よさを」
「闇の、心地よさ……?」
 マリアはそれ以上説明しなかった。
ランプを消し、闇をもたらした彼女は、本能的に怯える葵に肌を添わせた。
それでも人間が知能を得る代わりに獲得した恐怖には抗えないようで、葵は強くしがみついてくる。
少女を抱きとめたマリアは、軽々と持ちあげると、新たな闇へと誘うのだった。
 カーテンを閉め、灯りを消し、一切の光が失われた部屋でも、マリアには葵が見えていた。
少女がほんの一時期にしか持ち得ない、女へと至る寸前の、
全ての美しさを内包している、今にも弾けそうにみずみずしい肉体。
咲き誇る花はしおれるからこそ美しいと考えるマリアにとって、
葵の美しさはガレとは比較にならなかった。
 ベッドに横たえられた葵の、傍らにマリアは身を置く。
闇と、これから始まることに怯える少女の頬に触れ、安心させると、一切の気配を感じさせぬまま、
彼女を最後に繋ぎ止めているベルトを解いた。
「あっ……!」
 葵が気づいた時にはすでに、彼女を隠す何物も取り払われていた。
慌てて肌を隠そうとすると、体重が無いかのような軽やかさでマリアが覆い被さっていた。
「ん……!」
 冷ややかな唇が、一瞬だけ葵に冷静さを取り戻させる。
しかし、続けてもたらされる快感の奔流は、他人の肌の心地よさを知ったばかりの少女を、
たやすく浚ってしまうのだった。
 わずか数分で、葵は息も絶え絶えになっていた。
闇の中から襲い来るマリアの唇。
目隠しをされただけで彼女の気配はほとんど感じられなくなり、
唐突に身体の各所に落とされる冷たい口づけを、逃げ惑うこともできずに受けるばかりだった。
「ひぁっ……! あ、は、あうんっ! ま、待って、くだ、ああっ、さ、んううっ!」
 二の腕、胸、わき腹、薬指、鎖骨、太股、ふくらはぎ。
マリアの他にも誰か隠れていたのではないかというほど、唇の爆弾は矢継ぎ早に放たれる。
一撃が肌に触れるたび、多量の快感が皮膚の内側まで浸透し、
葵は同級生の聞いたことのない声で叫び悶えるしかなかった。
「お、お願いです先生、も、もう少しゆっくり……ひゃうんっ……!」
 気持ちいい。たまらない。
これほど直接的な快感を、葵は知らなかった。
どこに触られるか全く判らないがゆえに、全身が構えて鋭敏になる。
足の内側や身体の側面など、身体を洗うとき以外は意識したことのない場所にキスされると、
頭が白んでしまう。
マリアはいつしかキスにとどまらず、舌をねっとりと這わせるようになっていたが、
それも嫌悪より快感の方が優る始末だ。
「あ、ぅ……せん、せ……うっ、ん……ぁ……!」
 身体のあらゆる部分に突然訪れる、快美な感覚に、葵は恐怖すら覚えていた。
指先やわき腹のみならず、身体の裏側にもいつの間にか触れる舌は、
氷を一瞬だけ当てられたような刺激を残していく。
一箇所だけでも身震いしてしまう気持ちよさに、延々と全身を苛まれ、快楽以外の感覚が消失していた。
「はっ、あぁっ、ひっ、あぁ、ああ……!」
 自分のものとは信じがたいうわずった声が、途切れることなく漏れる。
耳を塞ぐか、あるいは口を閉じるか。
せめても恥ずかしさから逃れようという試みは、だが、どちらも実行することはできないまま、
マリアの愛撫をただ受け入れるほかない葵だった。
 気づけばマリアが足の間にいる。
忘我の境地にいた葵は、暗闇なのだから直接見られる心配はないという点にさえ思い至らず、
とっさに手で秘部を隠し、足を閉じようとした。
「隠しては駄目よ、美里サン……手をどけて、全てをワタシに見せなさい」
 強い命令がマリアの口から発せられた。
葵は別人かと思ったほどで、これまでの甘美な熱が一転、
氷の張った水に突き落とされたような寒気に襲われた。
それでも、女性にとってもっとも恥ずかしい部分を見せる抵抗は、容易には消し去れなかった。
「さあ、どうしたの?」
 聞き間違いかと思ったが、マリアは重ねて命令する。
尊敬する教師の声が、船乗りを死に誘うセイレーンの歌声のように聞こえ、
葵の隠したいという気持ちは、命令に従わなければという意識で引き裂かれていった。
「……ああ……」
 爪の甲をなぞるマリアの冷たい指が、封印を剥がす。
浅く、深く、二度喘いだとき、葵の手は護るべき場所を離れ、
巣を失った燕のように、所在なげにシーツを掴んでいた。
「恥ずか、しい……です……見ないで、くださ、い……」
 冷やされた心が、再び燃えあがる。
暗がりの中で点いた羞恥の炎が、葵の身体の深奥を、
まばたきもせずに蒼氷の瞳が見つめている様を映しだした。
「綺麗よ……美里サン。ずっと見ていたくなるくらい」
「いや……嫌です、そんな……」
 シーツを掴む手がじっとりと汗ばむ。
今日受けた授業の内容も、友人との会話も、全てが黒く塗りつぶされていた。
死にかけた金魚のように口を開閉させながら、葵は心に満ちてくる得体の知れない感情に慄いた。
生徒会会長として立候補し、演説をするために壇上に上がり、
多くの生徒の視線が一斉に集中した、あのときの感情に少し似ていたかもしれない。
けれどもそれはあくまでも表面に露出した部分がたまたま似ていたというだけで、
本質はまるで違っていたのだ。
「こんなに濡らして……いやらしいピンク色に光っているわ……とっても美味しそう」
「ああ……嫌ぁっ……」
 マリアの囁きが頭の中で像を結ぶ。
どんな風になっているのか、自分でさえ見たことのない場所が、明瞭に形作られていた。
真っ暗に近いこの部屋の中で、なぜマリアが色まで見えているのかと思い至る余裕もなく、
恋していたわけでもない人物に全てを見せてしまったという羞恥に灼ききれてしまいそうだった。
「本当に美里サンは自分で触ったこともないのね。こんなに綺麗なラヴィア、見たことがないわ」
「あ、あ……!」
 ラヴィアという言葉を葵は知らない。
だが、マリアが触れている、女性の身体に刻まれた溝の縁にあたる部分なのだとは嫌でもわかる。
指先がそこに触れるとき、葵は冷たさに竦む。
けれども冷たさが去ってしまうと、むず痒さにも似た物足りなさがじんわりと残り、
軌跡を追ってしまうのだ。
「先生……先生っ……!」
 少女の悲鳴に応えるように、マリアは息を吹きかける。
「ひぅんっ……!!」
 身体の中に吹きこむ冷風が、葵を燃やす。
女の快楽に目覚めはじめたばかりの肉体には少し強すぎる刺激に、葵は壊れかけていた。
快楽の形をした溶岩が、身体からあふれだそうとしている。
普通なら噴きあげ、何度か噴火を繰り返すことで時間をかけて成長するものが、
冷やされ、凝固させられることで、急速に成長させられていた。
大きくVの字に開いた足を閉じる気力もなく、マリアに陰唇をくつろげられ、いいように弄ばれている。
暗闇で誰も、マリア以外に見る者がいなかったのが幸いで、白い肌を淫悦に染めあげ、
右に左に頭を振って悶える姿に、真神學園を束ねる聡明な生徒会長の面影は微塵もなかった。
 淫蜜したたる肉洞を、マリアは堪能していた。
幼子のように慎ましやかな女唇と戯れるように指を滑らせ、薄く口を開けた洞のごく浅い部分を撫でる。
「あ……ぁ……」
 微弱な刺激に腰がひくついているのを、彼女自身は気づいていないだろう。
しかし暗闇の中で、薄褐色の丘が鳴動し、新しく湧いた蜜でてらてらと光るのを、
マリアの眼ははっきりと捉えていた。
やや強めのすえた臭いも気にすることなく、金髪の女教師は、蒼氷の瞳を輝かせて淫滴を舐めた。
「ひっ……! や、やめてください、マリア先生……!」
 うわずった悲鳴を発しながらも、葵は手で止めようとはしない。
先ほどの命令に従っているのだとしたら、ずいぶんと素直なものだとマリアは感心しつつも、
さらに舌を、今度は一度舐めあげるだけでなく、小刻みに上下に這わせた。
「だ、駄目……です、そ、そんなところ……汚い、です、から……!」
 懇願は聞かない、と口で言う代わりに、マリアは葵の足を開かせた。
「嫌ぁっ……嫌です、こんな格好……!」
 性器を見せるために足を広げる経験など、もちろん葵は初めてだ。
しかもマリアは息がかかる距離どころか、舌が触れる近さで未だ蕾の淫花を観察し、栄養を与える。
「ふっ、あッ、せ……んせい……あぁ……ッ……!」
 全身に走る快感に、葵は惑うしかない。
マリアの冷たい舌先からひたひたと昇ってくる気持ちよさは間断なくもたらされ、
そこに時折強めの快感が送られてくる。
風呂でもそうだったように、何かを考えようとする力さえ巧みに奪い取られていることに、
気づく余地もないまま、快楽が積みあげられていくのだ。
 処女の――性的な悦びを知らぬ少女を、
いきなり深淵へと誘っても恐怖しか感じないとマリアは知っている。
赤子に水は怖くないと教えるように、少しずつ、少しずつ慣らしていくことこそが肝要なのだ。
葵はこの悪徳に満ちた都市で見つけた、ほとんど奇跡のような存在の少女だ。
安易に扱って手折ってしまうような愚は避けなければならなかった。
 幸いなことに葵は、感じにくい体質ではないようだ。
むしろどちらかといえば感じやすいようで、マリアの舌や指に逐一反応している。
マリアは自分の技巧に自信を抱いていたが、葵の感じ方は、この少女が生来持っているもののようだった。
彼女が自分の性に気づいたとき、どのような反応を見せるのか。
マリアにはそれが楽しみでたまらなかった。
 舌先が左右の太股の付け根をゆっくりと往復する。
正弦波のようにねっとりと舌を這わせ、頂点でキスをする。
こんな簡単な愛撫でも、葵は充分感じているらしく、柔らかな肉が時折強ばり、切なげに揺れた。
「感じているのね……可愛いわ、美里サン」
「ふあ……あっ、あ……恥ずかしい、です……!」
「いいのよ……もっと、もっと感じなさい……」
 低い囁き声で少女を酔わせながら、マリアは溢れはじめている媚蜜を舌に乗せる。
酸味は少なく、感じているのは疑いなかった。
口をすぼめ、人間の肌には冷たいと感じる息を吹きかけ、淫靡に舐めあげる。
花園を荒らす蛇から逃れようとくねり、悶える初心な少女の肉体を、マリアは逃さない。
葵の肉体が落ち着きを取り戻すまで待ち、しかし、精神に落ち着きは与えず、
無尽に舌を駆使して愛撫を続ける。
唇で渓谷の両側にそびえる丘陵を食み、舌先を深い谷へと滑降させていく。
「あ……ああ……駄目、です……」
 葵は両手で顔を隠している。
子供じみた仕種だが、性に関しては子供同然なのだから、無理もない。
男はおろか自身の指さえ知らぬ、恥毛が生えている以外は、やはり子供と変わらぬクレヴァスに、
マリアは、それ自体が別個の意志を持った生き物のように妖しく蠢く舌で、快感を塗りこめていった。
「あ……ん……あっ、ああ……先生……」
 恥ずかしいはずなのに、意識は舌の動きを追ってしまう。
マリアの舌が持つ不思議な冷たさは、それが触れている部分の感覚を明敏にし、
葵は、見たこともない自分の恥ずべき部分の形を細部に至るまで脳裏に描きつけていた。
穴、という漠然としたイメージしかなかった場所が、
襞やさまざまな起伏で構成された複雑な形をしていることに驚嘆し、
自分でも知らなかった肉体の細部を、敬愛しているとはいえ、
恋人でもないマリアに晒している恥ずかしさに身もだえする。
だが、それらは全て、冷やされた肌に訪れる、燃えるような快感となって葵を苛むのだ。
 火照りを鎮めて欲しい。
 冷たい舌で熱い箇所をいつまでも冷やして欲しい。
生じる欲望に葵は知らず足を開き、快楽を求めた。
「そうよ……受け入れなさい……自分自身に、素直になりなさい……」
 滲みでる愛液を啜りながらマリアが囁く。
長く肉厚の舌を自在に操り、隠された宝珠を解き放ち、
葵自身も知らなかったであろう秘密を詳らかにする。
快感に我を忘れ、恥部をさらけだしてのたうつ少女に、逃れえぬ淫楽を刻みつけていくのだ。
「あッ……あ……ん……っ、あ、ぁ……!」
 葵の喘ぎ声に耳を澄まし、どこが感じるのかを的確に探っていく。
葵は自分でも知らない間に、マリアに自分以上に身体を知られることとなった。
「は……ぁ……んっ……」
 慎ましくも淫らに輝く淫珠の、根元を舌先で掘り起こすようにつつくと、少女の腰がくいと上を向く。
逃さず再度同じ場所を刺激すると、最高級のシルクを思わせる滑らかな肌がいびつにくねった。
「ひん……っ、せん、せ……私……っ……!」
「ここがいいのね?」
 マリアの囁きに、葵は自ら足を開いて淫珠を差しだす。
捧げられた淫珠を、舌先に唾を乗せて包みこんだマリアは、優しく吸いあげた。
「あ、あッ……!」
「フフッ……」
 苦しさに変じる寸前の強烈な快感に、葵は翻弄される。
息継ぎさえも許されない、マリアの執拗な責めに、思考する力はほとんど失われていた。
「覚えておきなさい……ここがクリトリス……女が一番気持ちいい場所よ」
 授業の時とはうって変わった命令口調に、訳も分からず何度も頷く。
だが、実際にはどれほどこらえようとしても口を衝いてしまう、
自分のものとは思えない甘い喘ぎを放つのに精一杯で、ただ頷こうとしているだけに過ぎない。
マリアが匙のように曲げた舌先で芽吹いた女芯をほじってみせると、
あっけなく四肢を突っ張らせて波に呑まれた。
「フフッ、イッたのね……」
「イ、く……?」
 名称も、現象も知らぬ葵は、浮かされた意識のまま二つを結びつける。
顔を上げたマリアが近づいてきて、額に貼りついた髪を梳いた。
冷たい手が快く、葵はそっと手を重ねる。
至近で見るマリアの微笑は、凍るどころか蕩けてしまいそうだった。
「そうよ……気持ちよくて、上り詰めるような感覚になったでしょう?」
 声にするのは恥ずかしくて、小さく頷く。
マリアがくちづけると葵は、彼女の背中に腕を回した。
マリアは応え、乳房の分だけ彼女に体重をかける。
柔らかな四つの肉果は混ざり合うように重なり、しばらく離れなかった。



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